2015
03.15

第2土曜日は護国寺で骨董市が開催されているため行ってみました。人生を感じます

コラム

護国寺へ行ってきました。

毎週第二土曜日は骨董市が開催されており賑わっています。

 

桜もちらほら咲き始めました。護国寺は休日でも差ほど混雑しておらず、群林堂の豆大福を買って休憩所の椅子でちょっと食べるには凄くいいところです。

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都内でも混雑が緩和されており、平日の観光地に来たようなのどかな雰囲気になれます。

護国寺の彫刻物も素晴らしく、都の重要文化財になっています。お年寄りも多いのですが雷門がある浅草やとげぬき地蔵がある巣鴨のような混雑はありません。非常にリラックスできるところです。

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護国寺の骨董市は第2土曜日に定期的に開催されており、かなりの数のお店がでます。

店先には値札がなく、口頭でいくら、まけてよなんて会話をして買うわけです。

そんなに馬鹿売れするほど売れていませんがちらほら売れています。店先で店主と会話をして1000円買ってけば人生幸せになれるよ〜とかそんな会話をしています。

新聞などで1万円で売っている木彫の蓋をあけると観音菩薩が出るものはうちだと1000円だよとか、そんな感じです。

 

天気のいい日にふらっと店先を覗くのは楽しいです。

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護国寺がすごいなぁと思うのは無料で自由に本尊の中を見学できるところです。

本尊の中は撮影禁止なのですが彫刻物や絵など素晴らしいです。線香の香りを歴史を感じる素晴らしさに仏教の凄さを感じます。

これが平日の観光地のように誰もいなくてゆっくり見れるところがほんとうに素晴らしい。それが休日に体験できるので本当にお勧めです。

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自分が出歩いている先は若い人よりも年寄りが多いです。

誰もが人生をリタイヤして充実したゆとりのある老人ばかりです。健康で自由に脚が動く人で杖をついていません。

 

自分は35歳だけど、お金には困らず、すでにリタイヤしている状態なのだと感じました。

65歳になると寝たきりになっている人も多いです。60歳から65歳で一気に来ます。その時に目が見えて2足歩行で歩けるって幸せなことなのだと思いました。

そういった老人たちも現役時代にサラリーマンをして退職金をもらい厚生年金や企業年金で余暇を楽しんでいます。美味しいものを食べたり小旅行をしたり、長くはない人生の終了に備えているんだと思える雰囲気もあります。

 

自分がどう頑張っても10年、5年と寿命で生きないという状態になったらどう感じるんだろうか?

そう思いました。今の時代、老後うつになる人が多いです。そういう人はお金も趣味もゆとりがありません。自分は35歳であと30年、40年で死ぬのかなぁ。今のうちに五体満足で好きに動けるから夜行バスに苦労して乗って格安で出かけてもいいんじゃないか、リュックサック1個で海外へ飛び出してもいいんじゃないかと思えるようになりました。

 

どうせ死ぬんだもっと人生を楽しもう。自分の価値観ではあの世というのはないものだと思っています。

人の記憶は曖昧だし、30代後半になると若い時のような記憶力もなく人間の感性のいい加減さを感じます。どうせ終わるなら苦労なく好きなコトして旨いもの食べて子供も作ったし、後世に伝えれば自分の役割は終了だと思うようになりました。

 

そうなると色々な悩みも消えて、諦めって重要だなぁと思うようになりました。

どんなに頑張っても麻布十番や六本木にカウンタックに乗って買い物に来るような人生にはなりません。でも、普通の人がお金がなく住宅ローンや教育費で節約・節約、老後の貯金もないという人生でもありません。そこそこの身分なら見栄を貼らずにそこそこの範囲で幸せを感じればそれが一番いいんじゃないかと思うようになりました。

 

江戸時代の長屋に住む八っつぁん、寅さんの世界です。

ああいうてらんでぃこちとら江戸っ子よって生きてる方が幸せです。今の時代、そうではなく何となく悩んだり苦しんだりしている人が多い気がします。

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