休日に考える真面目な人生:お金持ちと貧乏人、人生は何をすれば楽しめるのか

コラム

百貨店の売上が好調で富裕層や外国人による買い物が多いという日経新聞の記事がありましたが実際に毎週のように百貨店へ行っている私から見るとこの記事は嘘ではないけれども事実をねじ曲げて報道していると思います。

百貨店の客層を分析 

百貨店といえども色々ありまして、日本橋の三越の集客力が一番あり、次に高島屋でございます。

三越の方が価格が安く、大衆的な物が多いのが特徴です。

 

一方、新宿の伊勢丹は混雑しておりますが池袋の西武百貨店は土日でも平日の開店直後のような閑散とした雰囲気があります。

ただ、何処の百貨店でも特徴は同じでございます。

 

もっとも人が多いのがデパートの地下食品売り場です。

こちらへ平均単価3000円〜5000円の商品を販売しており、手土産に買っていく人が多いです。自分用にケーキを買う人もいます。これも1個650円くらいです。

 

一方で男性用の売り場は人が少ないです。

スーツはジャケット5万、パンツ4万円で上下で9万円が百貨店の売れ筋相場です。ネクタイは1本13000円、ワイシャツは15000円、靴は25000円が平均相場でございます。

こういったものを購入している人を見ると60代〜80代のお客さんです。中には高齢の為、車いすで来店している人もよく見かけます。

昔はよく見かけた夫の服を奥さんが一人で来店して選んで買って帰るという光景もみかけます。

客層は明らかに上場企業の役員です。そういった人々が価格を気にせずデザインや品質を店員にススメられて気に入ったら買っていくという事が多いのです。若い人はほとんどいませんし、30代もいません。

40代でバブルを経験し、オシャレな服装を意識している男性はチラホラと来店をしていますが客層としては少ないものです。

やはり、高齢の方々が多いです。

 

ただ、こういった方々は高級で時計などもすでに持っており、いくつも買うわけではありません。

被服費も消耗品で今日はネクタイ1本選んで買って帰ろうと言う人が一般的で大量に買っていく人はみかけません。

 中国人富裕層が日本に来襲

ならば百貨店で誰が大量に買っているのかと申しますと、中国人富裕層でございます。

銀座、日本橋など日本のあらゆるところに中国人旅行者が溢れています。

 

中国ではブランド物のロレックス、ヴィトンなどは関税が高く、日本で買うよりも1.8倍高いです。ものすごく割高です。

それで円安の日本に安く飛行機で移動し、観光しつつ、ロレックスやヴィトン、高級香水などをめちゃくちゃ購入します。

さらに百貨店には免税手続きをするコーナーが儲けられているのでそちらは休日となると長蛇の列です。

日本に来れば高級品が半額近くで買える現実があります。

 

これらの人々が百貨店の売上を押し上げています。富裕層や外国人の購入が多いという日経新聞の記事も嘘ではありませんがこれを見ると日本人富裕層がたくさん買っているように見えます。実際は中国人富裕層です。

 

しかし、実態は富裕層でもなく、転売目的で日本で大量に買い、ネットで値引きして売っている中国人もいるでしょう。

つまりバイヤーです。

こういったものはバブル期の日本人でも同じ現象が見られました。

 

 日本人の中間層はゆとりのお金が少ない

 

一方で日本人は消費税が増税し、賃金も上昇していません。物価も円安で様々なものが値上がりしています。

低価格な商品を取り扱っている場所に人が集まっています。アウトレットモールやイオンのショッピングモールです。そういったところでワイシャツなら高くて4000円、平均で2000円のものを複数買っていくという人が一般的です。

ユニクロやGU、GAPのセールで買い物をするという人も多いです。収入も少なくなり、携帯電話などの通信費の維持費も高いため、これに住居や被服費、教育費、外食費、自家用車の維持費などを考えると余力がない人が中間層になります。年収600万円でも維持費でギリギリでしょう。

それに年収400万円も600万円も生活にゆとりがないのは一緒です。

 

400万円の人よりも600万円はいい家を買いますし、いい車を買います。教育費にお金をかけて塾や習い事をします。国内旅行も家族で行くでしょう。なので400万円よりも600万円は貯金がたくさん残るというわけでもありません。

 

いい家といっても400万円は賃貸、600万円は大手ビルダー(大和ハウス、積水ハウスなど)、500万円は一条工務店やタマホームなどです。

クルマも400万円なら、ビッツや軽自動車の新車を120万円をローンで買います。600万円ならBMWの最低クラス300シリーズを300万円くらいをローンで買うくらいです。

 

それくらいの違いしかありません。

どちらもスマホは持っています。ここのランニング費用は一緒です。なので普通の生活をしているようでどちらも生活が苦しいわけです。

400万円の人と600万円の人でどちらが幸せかといえば物欲があるなら600万円でしょうね。軽自動車なんて乗れないBMWのエンブレム必須という人ならね。

どうでもいいような自己満足の差しか無いわけです。

 

どちらも百貨店にいって値札を気にしないで買うという人ではないということです。常にお金を意識している人々です。

私の中でお金持ちと貧乏の違いはお金を気にしている人かそうじゃないかの違いです。

 

何をする何を買うのも金額を気にする人、将来設計で生命保険の人生プランガイドブックに載る様なパターンの家族。

そういう人は400万円だろうが600万円だろうが差がないわけです。

消費はするけれどもとても百貨店へ行き、値札を無視して買うような状態ではないわけです。

 

これが事実として現れているのが六本木ヒルズ、東京ミッドタウン、メトロポリタンなど新興の集客地です。

高級品を中間層に気軽に売るという事を想定していましたが、ほとんど人がいません。人が来ても1000円以下の外食で終わりというケースが目立ちます。

 

簡単にいえばお金持ちと中間層の買い物の違いは価格の丸が1桁違うというところです。

お金持ちは13000円のネクタイを消耗品のように気軽に欲しかったら買います。一方で中間層は1300円のネクタイを消耗品のようにデザインで欲しかったら買います。簡単に説明するとすべてが1桁違うのです。

外食だって1食500円のマクドナルドや牛丼屋に行く中間層ですが、お金持ちは5000円が相場です。

 

夫婦で働き子供がいないバブル期世代の人は中間層でもゆとりがあるため、消費はお金持ちと変わらない生活をしています。

 

 資本主義の下層を見てみる

 

もっともっと下を見てみると面白いことに、セブン-イレブンなどのコーヒー店は外に椅子やテーブルを置いていあるところもあります。

新宿では、早朝の通勤時帯になると電車で雑誌を集めているホームレスが食事をしています。

日本語がしゃべれない中国人労働者50代くらいがすり減ったスニーカーを履き、リュックを背負っています。日本語が喋れませんから安く使われているのでしょう。

 

20代後半から30代を見ると、太ってリュックサックを背負い、親指が貫通し、むき出しのボロボロのスニーカーを履いています。

そういった人が朝食に中華まんと飲むヨーグルトを買って200円くらいの朝食で済ませています。

とてもアパートに住んでいる人にも見えません。ネットカフェなどに宿泊し、日雇い労働をしているのでしょう。

 

一方でホームレスだけが販売を許されているビッグイシューという雑誌ですがこの販売をしている人も若者で身なりがユニクロくらいのとても一見、ホームレスには見えないような人が販売している時もあります。

最近のホームレス事情はよくわかりませんが汚らしく、ひげをはやし、老人というイメージは過去のものになりつつあります。

様々なところで統計上や新聞の記事では掲載されないような格差を感じます。

 

ただこういった人を見ると、この様な人々も収入は少ないのですが自立している訳です。

親の収入で自宅にいて働かず、ネットをやっているニートの方がたちが悪いと思えます。特に綺麗な格好をしてデブでもない働かず、ネットで人が不快になるような書き込みをしているようなニートが一番たちが悪いです。

ネットでは強気でも実態は弱気で何をしゃべっているかもわからないコミュニケーションも出来ない人々です。そういう人々と比較するとスニーカーの親指出ている格好をしていようが自分で稼いで食べ物を買っている訳です。

 

このような見方をすると、貧乏人が悪いとは言えないわけです。彼らは空き缶やダンボールを集めて自立しているわけです。

スニーカーに穴が開いてもメシ代は自分で稼いでいるわけです。

 

 五体満足で安くても幸せを感じられる人こそ幸せ

 

全体的に日本の老人はお金を持っています。

その老人は高いものを買いますがそれは老い先が短く、いままで節約をしていたけれども最後はいいものを食べたり、芝居を見たり、いいものを買おうと思っている人もいるわけです。

最後の最後まで何もしないで節約をしてきた人に世界クルーズ旅行100万円というのを売ります。短期間で安価に世界に行った気にさせるパッケージツアーです。これを選択する老人は、いままで人生を何も楽しんでこなかった人が多いのです。

最後の最後で独身で棺桶にお金を入れるわけにも行かず使ってしまおうというようなものです。

 

古典ことわざに「起きて半畳、寝て一畳、天下とっても二合半」という言葉があります。

金持ちになり、千畳の部屋を持っていても寝れば1畳だし、天下とろうが1日メシを二合半くらいしか食べられないわけです。

 

そう考えると、日雇い労働だろうが、ニートだろうが金持ちだろうがお金、お金と考えるよりも人生で比較的手に届きやすい選択肢を繰り返し出来るような状況に居られる事こそ人生の楽しみといえるものです。

無理をして選択の決断が少なすぎる状況では不幸に感じます。そこそこのハードルを繰り返し、繰り返しクリアーできる状態を維持することが人生を幸せにする理由です。

 

金があろうが失明した目は、健康な若者ニートのようには治りません。

そもそも脳細胞が一部死んでしまえば今のように色々考えたり、感じたりすることも出来ません。喉に管を通して胃ろうで延命措置をする金持ちよりも五体満足で自由に動ける靴に穴が開いた貧乏人でも幸せです。そこに100万円のロレックスは意味を持ちません。

 

旨いものを毎日、食べれば2ヶ月もしないうちに舌が肥えてきます。安いものはまずく感じます。そして、痛風になります。

安いものでもうまく感じられるなら、別に幸せじゃないですか?

 

ホームレス数人の集団は朝方、100円の鬼殺しやワンカップを飲んで「旨め〜〜〜。」って言っていっぱい飲んで拾った布団で午前中寝ています。

100円の酒だろうが人生の幸せを感じられるわけです。

酒を飲まない私から見たら、1本数十万円もするような年代物のワインの味もわからずそもそも旨いとも思いません。そこにお金をかけても幸せを感じないわけです。

 

何を持って幸せを感じるかはお金ではないということです。

ただ確実なことを申しますと、家にいてネットやマンガ、テレビ、映画などで休日を過ごすよりも積極的に外へ出たほうが1年後、5年後と過去を振り返った時の充実感が全然違うということです。

家にいて過ごすと過去を振り返ってみても何も残っていないわけです。何をしていたっけ?時間を無駄にしてこの歳まで来てしまったそういう感覚になるのは確実です。

 

ようはお金があろうがなかろうが家にばかりいたら、いまは幸せでも長い年月で見ると、人生を無駄にしたような後悔が高まるということです。

カネがなかろうが外へ出る。ならば起きて半畳の如く、いい家なんていらないじゃないかと思うわけです。五体満足で外に出て自由に動ける幸せ以上なことはありません。

 

家にいると人生の満足感は減ります

この基準で考えると、毎日不幸だと思って休日は家にいる人、仕事仕事で人生を楽しまず歳だけ取る人、毎日家にいるニート、毎日家にいる主婦、スマホでネットばかり見ている人、休日はレンタルDVDで終了の人、ゲームばかりしている人。

 

こういった人は年齢が高くなり、人生これからだって思えなくなる年齢を超えてくると、いままで何してただろう?無駄に過ごしたという後悔が高まります。そして、その先何をするかも分からず、ただ毎日、不満を抱えて生きるようになります。

 

家に篭っている方が節約になります。ただ、節約なだけで何も残りません。

コメント

  • コメント (0)

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。