2013
06.23
da267092s

暇を分析すると現代人の何となく暇な状態が見えてくる

コラム, 投資分析

暇と退屈の倫理学という本が面白い。

今の時代、過去、貴族にしか許されなかった余暇というのが一般化されている。人々は何となく暇だ。しかし、目的はない。

といった暇の中にいる。

この何となく暇だというのが問題なのである。本当に暇だというのはある地方の山奥に出かけて1本の電車を逃したときに似ている。

次の電車は4時間来ない。駅の周りには何にもない。誰もいない。

椅子に座ってただ待つ、これが暇の第一形態である。この暇は明確化されている。

現代人が感じる暇というのはこういった暇とは違う。

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暇の第二形態

これは現代で言えば、FacebookやTwitter、2ちゃんねるまとめサイトをどんどん過去まで見るという作業に似ている。

暇であるが何もしていないわけではなく、何かしている。でも、満たされていない状態なのである。なんとなく暇だという状態である。

 

この何となく、暇だというのが最もやっかいである。そのため、稼いだお金で無駄に買い物をしたり、フラフラと休みに目的もなく出かけたり、店に行ったりする。別に何かを買わないといけないという目的もない。

しかし、買っても満たされる時間はわずかであり、また何となく暇だという状態が繰り返される。

これは何か。ハイデッカーは「決断しろ」といってる。何か決断することがないから暇だと言っているのだ。

 

決断が厄介だ

この決断というのが厄介である。投資では売買の決断は一種の快楽でもある。そして、損するか儲かるかのハラハラ感も暇な人生にいい味のスパイスとなる。

大損して、人生が狂うほどの金額でない投資は、ある意味、暇つぶしでもある。と私は思っている。

思っている方向と逆に動くチャート。資金が異常なほどでなければ損も受け入れられる。ハラハラどきどきする。

 

この程度のハラハラドキドキというのは公共ギャンブルへの資金投下ににている。株ほど、100万、1000万円と一気に競馬や競艇、パチンコに1日で費やす人は希である。そこそこの資金で楽しんでいる。

 

この何となく暇だという状態にギャンブルは麻薬のように作用する。

この心理が確実に投資で失敗する原因だと自分は思っている。本来、儲かる投資というのは機械的な作業で何も面白くも何ともない。長期投資などは株価すら見ないで割安な時期に買って、放置していた方が幸せなことも多い。

資格の勉強も暇つぶし

資格の勉強のパッケージ化、趣味をカタログから選択する。別にしなくてもいい暇つぶしである。

私は暇と戦う

この何となく暇だというのに2年間もずっとどうするべきかと悩みに悩んだ。人生を無駄にしているのはこの何となく暇だという状態がもっとも影響が大きいためである。これを排除できれば、人は効率的に生きることが出来る。

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暇を受け入れる。動かない。暇を暇と認識する。これを宣言すると第2形態の何となく暇だという状態が第1形態の間違いなく暇であるという状態になる。

しかし、何もしないので第1形態の暇のままである。

しかし、仕事をしているので休日が過ぎれば暇ではなくなる。暇というのは休日だけなのである。何となくムズムズするような暇は、放置するのが一番良い。

なぜなら、疲れが回復するからである。

 

何となく暇だというのを退治しようとすると非常に困難であり、お金と時間を無駄に浪費しても退治することは無理である。

しかもやらなくてもいいことをして無駄に失敗をしたり、無駄に疲れたりするのである。

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