2014
03.15
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昔は個人商店も経営できたし、床屋だって十分に利益が出ていた

デフレ

自分たちが学生の頃は、料理の鉄人などがテレビで流行っており、料理人を目指す人が意外に多かったです。

高校も進学校ではない人は、料理人を目指し、調理師免許をとるため、専門学校へ通います。最近は女性の場合、ネイルアートの学校へ行くなどが多いようです。

パティシエになって海外で留学し、勉強するという夢を持っている人もいるでしょう。

 

この料理の鉄人を見て、調理師を目指した人は、普通に地方の個人経営などに就職しましたが賃金の安さと労働時間の長さに嫌になり、2年位でやめてしまいました。その後、職場を転々をし、一時期、牛角で働いていました。もちろん、正社員ではなく。いまではその人がどうなっているかは分かりませんが和民などの業界を見ても、牛角にずっと勤めているとも思えません。

 

カバチタレのドラマがヒットした時代もありました。常盤貴子と深津絵里が主演のドラマです。

この時も行政書士資格を目指す人が一気に増加しました。テレビの影響って凄いですね。

 

いまQBハウスなどが店舗数を増やし、理容師の低価格化が進んでいます。

カリスマ美容師などが流行し、美容師を目指すと言っていた人も多いでしょうが現在では豊富な美容師免許の取得者を低賃金で使いまわしている業界独特の流れがあります。

そして、低価格がそこにへばりつき、牛丼チェーン店の価格破壊と同じようにデフレこそが勝つという流れで定着してしまっています。しかし、ある一定以上の低価格はテナント料と人件費、税金などもあるため、限界が見えてきます。

 

この水準が1000円くらいなのでしょう。美容師も昔は床屋で子供でも3000円もカット代をとっていたはずです。田舎の美容師や床屋なんて個人店舗すら、数が少ないため、そこに行くしか無い状態でした。それで子供3000円に大人も一緒に床屋へ、男性なら毎月定期的に来るわけですから、効率がいい経営だったわけです。

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こう考えると、昔は異常な光景だったと思えます。

スーパーやコンビニなどがない時代は、夫は外にサラリーマンで仕事に行き、奥さんは自宅で個人商店を経営しているなんていう状態がいくらでもあったわけです。

戦後は、個人でも経営をすることがこんなにもハードルが低かったのかという時代です。なんでも自営業でした。

雑貨屋、床屋、灯油屋、銭湯、肉屋、魚屋、八百屋、豆腐屋、酒屋などなど、何でもかんでも自営業です。そういう夫と奥さんのダブルワークが簡単にでき、女性の収入もありました。こういう家庭は儲かったわけです。

 

いまではスーパーやコンビニもあり、個人商店なんて潰れてシャッター通りです。

他にもバブル期にはダンプカー1台を中古で買い、そこから土建屋になったり、大工から工務店になるという高度経済成長期には色々な会社経営が増加しました。それが現在では、大企業こそ主力であり、その孫請け企業などに何とか正社員で就職できればありがたいという状況になっているわけです。

自分たちの祖父や父親世代のような起業は今の時代、非常に難しいのです。

 

すべては大企業主力であり、弱小個人経営などは資金難もあり、簡単に淘汰されていきます。銀行も昔ほど融資もしてくれません。

大企業が大量出店し、24時間営業、競争寡占、低賃金、低価格を主力に全国展開をするわけですから、そこに雇用される非正規雇用は低賃金になるしかないのです。これが日本中であまりにも多く、蔓延していることが問題です。

 

現在の低賃金問題は完全に政府と大企業が原因です。

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