暇だからと言って何かをする必要はない

コラム

金曜日は飲んで帰ってきて、終電で帰ってきた。寝たのは2時過ぎである。

土曜日は、意外に早く起きて、クリーニング屋と八百屋に行った程度で後は自宅で録画がたまっていたビデオを見ていた。

他には日経新聞などを見たりもしたが、なんとつまらない週末だろうと、悩んでいた。刺激が何もない。暇な休日である。

とりあえずタブレットでネットを見るも見たい情報もなく、買いたいものもない。何となくAmazonなどを見ても欲しいものは一切ない。

何となく、ソファーでグッタリとしつつ、チョコレート食べたりして暇をつぶしていた。ゲームなども買ったけどやっていないものがあるが疲れているのでそういった作業をしたいとも思わない。

平日は、仕事の帰りが遅く、朝も早いため疲労が蓄積されていたようだ。

夜は何となくベッドで、タブレットに録画したビデオを転送(お出かけ転送)してあったものを見つつ、電気を消さないまま深夜0時に目を覚ます。いつの間にか寝ていたようだ。最近は、休日となると何となく電気を消さずに寝ていることが多い。

日曜日は、朝の5時に起きて、洗濯や録画していたビデオを見る。タブレットはSONYのタブレットを追加で購入した。(ipadも持っているが)

SONYのブルーレイレコーダーで録画したものを深夜3時にタブレットに無線lanで自動的に転送するように設定している。

しかも防水仕様なので3週間ぶりに風呂を貯めて入った。ここ三週間は節約でシャワーであったが風呂にゆっくりと入ると疲れがどっと出る。

風呂から出ると、昨日、八百屋で買ったいちごやリンゴ、トマトなどを食べつつ、また寝る。寝てはちょっと起きてまた寝て、最終的に起きたのは夜の18時である。たぶん、10時間は寝ただろう。そして、22時にはたぶん、また寝る。

非常に何もない人生である。レンタルビデオすら行く気はない。お店もイオンなどは買いたいものがないので子供が行きたいと言わない限り特にブラブラと店に行くこともない。だから、一週間の食材を買いに八百屋へ行く程度だ。近所の八百屋は本当に安い。イオンの野菜の半額程度で買えるものが多い。八百屋になれていると、違うスーパーへ行くと高くて躊躇する。

安い分、好きな野菜や果物を買ってたらふく食べる。そして珍しく、今日は甘いものが食べたくてチョコレートを一個食べる。

何もすることがないしする必要もない。

何かしなければいけないというのは平日のことだ。会社へ行かないといけない。満員電車に朝早くから乗り、仕事も実績を出さなければいけない。忙しく仕事をして満員電車で帰ってくる。満員電車では日経新聞を読みつつである。

だが休日は掃除と食材の買い物くらいしかない。何かしなければいけないことはない。子供の頃の方がよっぽど何かしていた。嫌な習い事、嫌な塾へ決まった時間に夜から行く。大人になると、夜何かに決まった時間行くとしたら、マンションの理事会程度だ。

こういった仕事以外の金にもならないことを大人になると、本当に嫌う人が多い。仕事が忙しすぎて理事会はでれませんといいつつ、同時刻にマンションの人に会うのをビクビクしながら暇をつぶしている様な大人がたくさん居る。

1時間の会議すらでれないような、そんなに忙しい人なんていない。小学校教師などは、こういった人付き合いを本当に嫌う人が多い。実際に会議に無理矢理出ても無言で役にも立たないし、欠席も非常に多い。

そんなに忙しくみんな何をしているのか。7日間毎日、10時間働いているのだろうか。

スマートフォンの生産性

スマートフォンを使ったり、モバイル通信まで使って毎日、こすっている人が多い。別に忙しいわけではない。フェイスブックを確認するのが忙しいとか、無料ゲームが忙しいとかだ。満員電車でも忙しくスマートフォンをこする。

そこまで重要なことでもないし、別にやったからと言って何か生産性が高いわけでもない。しかし、高額な通信費を使って忙しくしている。訳が分からない時代なのだ。

忙しいふりをしつつ暇つぶしをしているという人が世の中にいっぱいなのだろう。別に何かをやらないといけないことは何もない。でも、何もしないと暇で人生に意味を感じないので一日中、忙しいふりをする。スマートフォンをこすってみたり、通信を読み込んでニュース見たり、ブログ見たりもする。

そんな人が多いから、こんなブログもアクセス数があり、誰かが見るし、そして広告を貼れば広告収入が入る流れとなる。すべては、暇つぶしに転動している。

自分も暇つぶし

自分も読んでも読まなくても変化がない日経新聞やブルームバーグ、ロイター通信を見るのも暇つぶし。株価を見るのもサラリーマンの暇つぶしだ。株価で一喜一憂することもなければサラリーマンなんて単調すぎて何も刺激がない人はたくさん居るだろう。株価の一喜一憂の投機こそ刺激という人も居る。

これはパチンコや競馬も同じだ。こういった風に株の売買する人は競馬やパチンコでギャンブルをしている人と何も変わらない。昔は父親の時代となると公共ギャンブルの競馬や競艇、競輪など週末に夢中になる中年がたくさん居た。パチンコに行く人ももっといた。

そういった一世代から時代が変化し、いまの中年はスマートフォンで株価をチェックしたり、FXで日々、長期的なことをしてちょっとした刺激を得ている。別に大儲け出来るわけではなく、やっていることはパチンコ程度だ。10万円儲けた、10万円損したの世界である。

 

ゲームも大人になるとやりたい気が起きない。話を進めていくと、話が変化するのはフラグがあり、そのスイッチを入れるからである。スイッチを探してON、OFFの切り替えでストーリーの変化をする。なんとも機械的な作業だ。

パズルゲームも人間は、機械的にずっと集中することは出来ない。どこかで一定の作業にミスが出る。そうするとゲームオーバーになる仕組みだ。途中までは集中力が持続しパズルは進む。そういったことを考えるとゲームなんて何ともつまらない作業に思える。

とても休日の暇つぶしにはならない。

そして、暇つぶしに記事を書いて、意味もなく記事を書き、広告収入を得るのである。たぶん、この広告収入を得るか、得ないかで大きく人生が変化するわけではない。だが無駄に時間を費やしている。時間を安売りしているといってもいいくらいだ。たぶん、暇でなければこういうことはしない。

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