2015
01.04

いまを自由に生きずにいつ生きる!?そのお金は死に金か?

コラム

社会派ブロガーのちきりんさんは、最近売れています。Twitterやネットでは結構有名。

女性で仕事を40過ぎて退職し、ブログの広告と書籍を年に数冊だし、セミナーなどを行うことで結構、自由に生きています。

日本の色々なところへ転々としています。

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考え方を見ると、なかなかこういう人は好きです。

女性で高学歴、女性じゃなくても高学歴で会社に勤めているのは無駄だと感じ、ブログで食べているという人は結構いるんですよね。

ブログのアフィリエイトとセミナー収入で個人事業主として、サラリーマン時代よりも収入が増えたと言う人もいます。

 

Youtubeに動画を投稿し、ユーチューバーと言われる人もいます。

これもなかなかUUUMというところに所属している人は、Youtube1本で収入を得ている人がいます。どれも人よりも早く始めたから成功したという感じです。

定年が長期化

これについても最近考えさせられます。

定年が延期することは収入が入ることを意味するのですが昔はその歳で年金が入り、リタイア出来ていたわけです。

それが自分たちの世代では年金の財源として厚生年金や国民年金を徴収されている割に支払われないという状況になります。自分の年齢だと年金の支給開始は制度が崩壊していなくても70歳を超えると思います。

 

70歳でもいまの人は若いといいますが、地方の自分たちの親を見ると、65歳までは何とか意識もはっきりしています。

それを過ぎると70歳ならばもう自由に何処かへ行けません。ダイビングを始めてやるとかほぼ無理です。

若いままの頭脳と体力が維持されて長く生きるという幻想があります。ですが現実は老化現象があるわけです。リタイヤしなくても現役時代に自由を生活に取り入れてみてもいいんじゃないか?

 

お金、お金と貯めこんでもある程度あるならば、もっと、もっとと節約し貯めこむだけで老後に備えたという考えでいいのだろうか?

人生にあの世というものが無いとしたら、なんと悲しい物語になるだろうと考えるわけです。

もっと自由に行きてみよう。

これが去年の秋ごろから悶々と悩んでいた結論です。この悩みができたのも子供が2人目出来て、家庭として目標を達成したからです。あとは教育をして、教育費と生活費、老後の蓄えをすればいいわけです。

 

それ以上のお金は死んで相続されるだけと思うと、なんだかやるせない思いもしました。

21世紀の資本

21世紀の資本という本を読んでいます。これを見ると過去300年で資産という概念が大きく変わっていることが分かります。

第2次世界対戦前、特に第1次世界対戦前ですね。ここまでは資産としての農地の価値が非常に高かったわけです。

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それはそうでしょう。冷蔵庫など長期保存出来るような環境はなく、流通もなかった。

この時代は自給自足が大きく、農地を多く持つことは資産を表していたわけです。それが戦後から急速に農地の価値を失い、農地はいまでは価値はほとんどありません。

都心部では農地を住宅地に変え、住宅地として販売や土地を貸すことで富が出来ました。そうです。いまでは資産といえば住宅地と意味するのです。

これが昔と大きな違いです。日本でも農地を大量に取得しても水呑み百姓に分け与える徳政令のような時代もありました。

いま自分が資産と思っているものも未来永劫それが資産であるとは限らないわけです。100年という短い期間で物事を考えていたんだなぁと思いました。

自由にいまを生きる

いまをどう生きるか?

これは独身だろうが貧乏だろうが別に関係のないことです。独身でも貧乏でも自由です。いま自分が独身ならば、沖縄の離島の離島で観光客向けにアパートを貸し、その収入で自由に生きてもいいかなぁと思えます。

 

健康的に自由に動けるって凄いことだなぁと思えるわけです。

リュックひとつで食べ物も凄いものを食べずに貧乏旅行っていうのは若い体力と気力があるときこそ出来るわけです。これを70歳でやると思ったら、絶対にできません。

 

よくポスター等で豪華客船で世界一周150万円という広告を見るでしょう。

これについて自分は昔と今では見方が変わりました。つまり、ああいうのに行きたいと思う人は現役時代に何もなかった人なんだなぁと思うようになりました。

貯金して仕事して何も残らず、人生の終わりの最後のギリギリにお金を使って、とりあえず世界一周という名目で別に世界を楽しむわけではなく移動するだけで満足して、とりあえずもう死んでもいいだろうと自分を納得させるようなものなんだと思うようになりました。

 

結局、貯金、貯金で人生の最後に近くなると体力もなく、そういったお金の使い方しか選べないわけです。

ただ、私はまだ動ける状態です。もっとお金を有効に使って自由に生きてみてもいいんじゃないかと思うようになったわけです。

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